大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)1152号 判決

上告人

本郷啓弼

右訴訟代理人

高木喬

被上告人

古賀元博

右訴訟代理人

吉永普二雄

外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人高木喬の上告理由一について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同三について

原審の適法に確定した事実は、次のとおりである。

中古自動車の販売業者である上告人は、訴外石井武己から買い受けた本件自動車を、昭和四二年九月四日被上告人に転売し、被上告人は、同日代金五七万五〇〇〇円全額を支払つてその引渡を受けた。ところが、本件自動車は、訴外いすず販売金融株式会社(以下「訴外会社」という。)が所有権留保特約付で割賦販売したものであつて、その登録名義も訴外会社のままであり、石井は、本件自動車を処分する権限を有していなかつた。そして、訴外会社が、留保していた所有権に基づき、昭和四三年九月一一日本件自動車を執行官の保管とする旨の仮処分決定を得、翌一二日その執行をしたため、本件自動車は、被上告人から引き揚げられた。被上告人は、右仮処分の執行を受けて、はじめて本件自動車が上告人の所有に属しないものであることを知り、上告人に対し、民法五六一条の規定により、同年一二月二二日限り本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

右事実によると、上告人が、他人の権利の売主として、本件自動車の所有権を取得してこれを被上告人に移転すべき義務を履行しなかつたため、被上告人は、所有権者の追奪により、上告人から引渡を受けた本件自動車の占有を失い、これを上告人に返還することが不能となつたものであつて、このように、売買契約解除による原状回復義務の履行として目的物を返還することができなくなつた場合において、その返還不能が、給付受領者の責に帰すべき事由ではなく、給付者のそれによつて生じたものであるときは、給付受領者は、目的物の返還に代わる価格返還の義務を負わないものと解するのが相当である。これと同旨と解される原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同二及び四について

売買契約が解除された場合に、目的物の引渡を受けていた買主は、原状回復義務の内容として、解除までの間目的物を使用したことによる利益を売主に返還すべき義務を負うものであり、この理は、他人の権利の売買契約において、売主が目的物の所有権を取得して買主に移転することができず、民法五六一条の規定により該契約が解除された場合についても同様であると解すべきである。けだし、解除によつて売買契約が遡及的に効力を失う結果として、契約当事者に該契約に基づく給付がなかつたと同一の財産状態を回復させるためには、買主が引渡を受けた目的物を解除するまでの間に使用したことによる利益をも返還させる必要があるのであり、売主が、目的物につき使用権限を取得しえず、したがつて、買主から返還された使用利益を究極的には正当な権利者からの請求により保有しえないこととなる立場にあつたとしても、このことは右の結論を左右するものではないと解するのが、相当だからである。

そうすると、他人の権利の売主には、買主の目的物使用による利得に対応する損失がないとの理由のみをもつて、被上告人が本件自動車の使用利益の返還義務を負わないとした原審の判断は、解除の効果に関する法令の解釈適用を誤つたものというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右使用利益の点について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが、相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 大塚喜一郎 本林譲)

上告代理人高木喬の上告理由

一、(経験則違反――重大な事実誤認――法令の違背)

原判決には、次記の如き、判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則違反、重大な事実誤認があり、その結果、適用すべきでない法令を適用した誤りがある。

1 原判決は、本件自動車販売を、他人の物の売買であると解し、上告人(原審控訴人)を該自動車の売主であると曲解している。

2 しかし、上告人は、原審で主張している如く、該自動車売買の単なる斡旋・仲介をなした者にすぎない。

3 もし、原判決が判示する如く、上告人が訴外石井武己から該車を購入し、自己の所有にしたものであるならば、なにを好んで転売利益の僅少な価格で、被上告人に売却しようか!

単なる斡旋・仲介にすぎなかつたからこそ、上告人は斡旋・仲介料収入がはいればよいとの考えで、前記石井の指示する売買価格で、石井武己――古賀儀憲(被上告人の父)間における該自動車の売買契約締結に、一臂の力をかしたものである。

4 当時、該自動車を特別に安売りしなければならないような特殊な事情は、中古車業界には存在しなかつたし(中古車は飛ぶように売れていたし、該車種の車も良く売れていた)、上告人自身にも、中古車を投売りしなければならないような経済的事情は、全く存在しなかつた。もし、該自動車を上告人の所有にしていたのであつたならば、上告人としては、たとえ時間がかかつたとしても、充分な利益がなければ、他に売却しなかつた。

5 以上諸般の事情を熟慮検討すれば、中古車の販売業者であつた上告人が、中古車業界の常識に反するような低利潤で、該自動車を売却しなければならないなどとは、吾人の健全な経験則に照らし、考えられないところである。

6 原審は、上告人が訴外石井武己から該自動車を買いうけ、その後、該自動車を被上告人に売却した……と認定しているが、これは、前叙の如く、原審が経験則を無視したため、重大な事実誤認をなし、その結果、適用すべきでない民法「売買」の規定を適用するの誤りを犯したものである。

二、(法令違背)

原判決には、次記の如き、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

1 原判決理由欄三項1号「使用利益の控除について」なる表題の判示内容は、民法の規定を無視するか、あるいは、その解釈を誤つたものと言わざるを得ない。

2 売買契約を解除すれば、契約の効力は遡及的に消滅する結果、買主はかつて所有権を取得しなかつたことになるから、解除にいたるまでの間の特定物の使用は、法律上の原因なくして、他人の財産により利益を受けたことになる。そこで、買主は、他人の損失により利益を受けた限度で、その利得を返還する義務があるものと言うべきである。

3 ところで、原審は、「他人の物を売買した控訴人には損失があつたといえないから……」として、上告人に損失が無いと早断し、上告人の抗弁を排斥している。

しかし、上告人は、敗訴判決の確定により、五七万五、〇〇〇円と一定時からの遅延損害金を、被上告人に支払わなければならないのだから、将来ある時点において、被上告人の利得により、それに対応する損失が発生することは極めて明白なところである。

4 使用利益の問題を不当利得の一種だと考えたとしても、不当利得は、具体的場合に利得を受けた者と損失を被つた者との間を調節する作用を持つものであるから、社会通念上、その損失と利得との間に、因果関係があると認められる場合であれば、充分だと考えられるので、原判決のような結論は不当である。

5 本件の場合、該自動車の真の所有者と被上告人との関係を顧慮する必要がない事例なのに(民法五四五条一項参照)、原判決は右にコダわり、上告人には損失があつたといえないから……と認定したものと思われる。

6 また、法的観点を変えて、使用利益の控除の必要性を考察するに、民法は、契約解除にともなう原状回復にあたり、契約当事者双方に、損得の生じない――換言すれば、何もなかつた前契約状態に復帰させることを、法の理想としているものである。

しかるに、原判決のような結論をとると、買主である被上告人は、売買代金に遅延損害金をつけて返してもらつた上、該自動車を一年九日に渡り使用することにより享受した利益を、売主に返還する必要がないことになり、法の要請と逆の結果を惹起させることになる。衡平の観点から、この損得の調節を考えた場合、必ずしも不当利得の問題としてのみ把握する必要性はなく、契約解除にともなう原状回復の場合には、契約当事者をして、実質的に損得のない状態にするため、利得者に利得を控除させなければならないものと把握してよいのではなかろうか(損益相殺の法理みたいに……)。

民法は五四八条で、契約の目的物を著しく毀損した場合には、解除権自体が消滅することを規定している。この法理と前記を比較考量した場合、前叙のようなことが言えるのではないだろうか。

7 いずれにしても、原判決が、本件自動車の売主が上告人であると断定する以上は、売主・買主間での原状回復は、前記の如く考えるほかはないし、被上告人の使用利益を控除しないでよいとする考えは、正義衡平の原則に反する不当な結論と言はざるを得ない。

三、(続法令違背)

原判決には、次記の如き、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

1 原判決理由欄三項2号「同時履行について」、なる表題の判示内容は、いずれも民法の解釈・適用を誤つたものと言わざるを得ない。

2 上告人の前号に関する法的見解は、上告人が原審において陳述した準備書面(第二)に詳記しているとおりであるから、右陳述を上告理由としても援用する(準備書面(第二)を別紙添付した)。

四、(判例違背)

原判決には、次記の如き、判決に影響を及ぼすことが明らかな判例違背がある。

1 原判決理由欄三項1号に記載している「使用利益」に関する判示内容は、

最高裁判所昭和三四年九月二二日判決(昭和三二年(オ)第一二二七号事件)

大審院昭和一一年五月一一日判決の両判決の判示内容に違背する。

2 前記両判例によると、売買契約解除のばあいには、買主が契約時から解除時までの間目的物を使用収益した利益を、売主に返還しなければならない義務があることを判示している。

3 原判決は、上告人を仲介人ではなく、本件自動車の売主であると認定しているのであるから、当然、前記上級審の判例趣旨に従い、被上告人が該自動車を使用したことによる利益を、売主である上告人に返還すべき義務があることを認容すべきであつた。

4 前記両判例は、使用利益返還の問題を、売買契約解除にさいしての売主・買主間における原状回復義務の一環としての一種の不当利得返還義務にほかならないと把握してをり、売主が「第三者の物の売主」であるか否かによつて、その判断を異にすべきかどうかについて、積極的判断を示していない。

してみると売主が「第三者の物の売主」である場合を、特に除外しなければならない判示内容を積極的に含んでいるものとは考えられない。

5 売買契約解除による原状回復義務を負うのは、契約当事者であることを想起すれば(民法五四五条一項御参照)、使用利益の問題は、売主である上告人と買主である被上告人との間で解決しなければならない問題であり、「物の他人性」によつて左右される問題ではないと解すべきであり、前記両判例もその趣旨を否定したものとは考えられない。

6 上告人においては、本件自動車の売買代金全部を、訴外石井武己に交付しており、上告人自身は、僅少な金員しか右石井から貰つていない。他方被上告人は、本件自動車を使用したことにより、多額の使用利益を享受しているにもかかわらず、その使用利益を控除しようとはせず、自己が支払つた売買代金の全額と、一定時からの遅延損害金の支払を求めて本訴請求をなしているものである。このような事例にあつて、上告人の主張する使用利益控除の抗弁を無造作に排斥した原判決は、使用利益の返還を肯定した前記両判決の精神に、真向から対立するものであると考える。

五、(結論)

以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破毀さるべきである。

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